弘前大学・理工学部 飯倉 善和
はじめに
- 私は人工衛星データから地球環境に関わる有意義な情報を如何に取り出すかを考えています。人工衛星は広い地域を定期的に観測できるという利点がありますが、センサの特性や観測条件の影響を受けるという問題もあります。このホームページで検討の対象とする光学センサ(主にランドサットTM)では、大気の状態や地形による太陽入射照度の違いを把握していないと地表面の状態(反射率)の違いを正確には計測できません(大気・地形効果補正)。太陽入射照度の計算には衛星画像と整合性のある数値標高モデルが必要です。数値標高モデルは標高を考慮した精密な幾何補正(正射投影)にも不可欠です。精密な幾何補正を行った衛星画像を、他の地理的情報(植生図や地質図など)と重ね合わせることでより付加価値の高い情報が得られます。
- これらの課題を解決するには、物理計測、地理情報、計算幾何、大気物理、画像処理、統計解析など多くの分野にまたがる知識とそれらの関係を把握する想像力が必要です。与えられた衛星画像を使って既存の衛星画像処理ソフトで気軽に処理と言うわけにはいかないのが現状です。例えば宇宙開発事業団から提供される衛星画像(いわゆる標準処理データ)では、衛星の軌道や姿勢情報に基づく幾何補正や検出器間の感度の違いに関する放射量補正(いわゆるシステム補正)は行われていますが、先に述べた精密な補正は一切行われていません。また、正射投影の機能が備わっている衛星画像処理ソフトもあるようですが、それに用いる数値標高モデルや地上制御点はどのようにして作ったらよいのでしょうか?さらにランドサットTMのスキャンストライプなどの雑音はどのように処理したらよいのでしょう?
- 既存のデータやソフトを内容を理解せずに使って、結果だけを取り出して公表する。あるいは、単に数理的な手法の練習問題として衛星画像を利用する。そこには表面的には成果があるように見られることもあるかも知れませんが、科学技術に必要な一般性や普遍性を持った成果とはならないでしょう。また、個人的な進歩も生まれません。
- 私は自分が直面したこれらの問題を既存の学問体系や衛星画像処理ソフトに頼らずに少しずつ地力で解決してきました。はじめは頼ろうとしたこともあったのですが、あまり頼りにならないことが分かりました。例えば、大気地形効果補正に関する文献では、大気の放射伝達についての専門的な理論が展開されています。しかし、衛星画像処理にとって必要な大気地形効果補正ということになると、6sを例外として見通しのよい体系的な議論はほとんど行われていません。私は大気地形効果補正には、まず衛星画像と整合性のある数値標高モデルの作成が必要であることや、太陽高度が高い場合には(標高に依存する)オフセット成分を考慮したコサイン補正(修正コサイン法)が有効であることに気が尽きました。また、これから解決すべき問題もしだいに見えるようになってきました。
- このような私の研究に非常に頼りになる道具としてIDLがあります。以前はC言語を用いて衛星画像処理のプログラムを作成していたのですが、その頃にくらべると仕事の能率は10倍程度上がったような気がします。IDLの使い易さはいろいろありますが、簡単なアルゴリズムならプログラムを作成する必要もないぐらいに対話的な環境が充実していることが一番の魅力です。よく解らないフォーマットのデータも試行錯誤をくり返すことで読み込めるようになります。また、基本的な関数の多くが既に組み込まれていますし、結果をグラフィカルに表示できます。
- これらの特徴は、S言語やMATLABなど、いわゆる第4世代の言語に共通のものですが、IDLも含めてそれぞれに特徴がある様です。S言語は統計解析に関するデータ構造や関数が充実していますが、画像などの大きなデータを取り扱う時に非常に重く感じます。IDLは衛星画像の生データをそのまま読み込んで処理できます。私の経験では処理時間はC言語で作ったプログラムにはかないませんが、操作性やプログラムの開発を考えれば総合的な効率性はIDLがまさります。MATLABは使ったことがありませんが、信号処理や制御システムのシミュレーションなどが得意の様ですし、数式処理もできるようですが、衛星画像処理にはそれほど必要な機能ではないでしょう。
- このホームページで、以上のような私の経験を披露することにより多くの方に衛星画像処理の面白さとIDLの便利さを伝えたいと思います。取り上げる話題は、衛星画像の基本処理が中心ですが、それに関連した地理情報や計算幾何および大気物理などの話題も取り上げます。また、陸域における衛星画像の応用としてもっとも期待されている土地被覆分類についても検討したいと思います。
- 処理の内容を理解していただくために、はじめはIDLを対話型に操作しながら地理情報(第2章)や衛星画像(第3章)のデータを読み込んで表示することに主眼を置きます。詳しい説明は省きますが、IDLを使う上での基本的なテクニックについては第1章にまとめておきました。後の章ではより実際的な処理の問題を取り上げます。プログラムは各章毎にまとめてファイルとし、必要に応じてその使用例を紹介します。また未解決の問題も積極的に紹介しますので、是非この分野の発展に寄与するべく挑戦していただきたいと期待しています。
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